一度は極めた競馬予想。大きな挫折を味わい今ここに羽ばたく馬のごとく、ブログデビュー。予想師さんの検証が1番です。
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東京優駿(日本ダービー)

概要
一般的にはレース名の副称である日本ダービーの名で広く知られており、現在の日本の競馬においてその代名詞とも言える競走である。「競馬の祭典」という呼称もマスコミが広く用いている。

1932年(昭和7年)にイギリスのクラシック競走であるダービーステークスを範して創設された、日本で最も古くから同一条件で開催されている競走の一つで、毎年5月末頃に開催され、春の皐月賞、秋の菊花賞とともに三冠競走を構成する。

出走資格は3歳の牡馬・牝馬の競走馬だけに与えられ、去勢された馬は出走権がない。

日本の3歳(旧4歳)馬の代表決定戦であり、日本の全てのホースマンが憧れる最高の舞台である。騎手にとっては本競走を制すと晴れてダービージョッキーの仲間入りを果たすことができる。

1973年(昭和48年)までは日本国内の最高賞金額で、名実ともに日本最大最高の競走だった。現在は、賞金額においては国際競走であるジャパンカップ、全ての馬に出走権のある有馬記念に次ぐ3番目となっている。格付においては、2010年から国際統一規格で最高格となるGIとなる予定である。


条件
出走資格はサラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の牡馬・牝馬の競走馬(総収得金額上位3頭又は青葉賞で優先出走権を得た外国産馬)及び優先出走権を得た地方所属の牡馬・牝馬の競走馬(最大8頭まで)、出走枠は18頭まで。ただし東京優駿優先出走権取得馬(最大9頭)が優先で出走でき、残りの枠(最低9枠)は収得賞金の金額上位馬が出走できるが同額の馬が複数いる場合は抽選で出走馬が決まる。

負担重量は定量で牡馬は57キロ、牝馬は55キロである。

2006年(平成18年)において総額賞金は2億8600万円で1着賞金1億5000万円、2着賞金6000万円、3着賞金3800万円、4着賞金2300万円、5着賞金1500万円と定められている。1973年(昭和48年)までは本競走が日本競馬での最高賞金額であったが現在はジャパンカップ(1着賞金2億5000万円)、有馬記念(1着賞金1億8000万円)に次いで3番目に高い賞金額となっている。

当競走はJpnIに格付けされている。

正賞は内閣総理大臣賞・日本馬主協会連合会会長賞・東京馬主協会賞。優勝騎手には朝日新聞社より優勝旗、また副賞として高級車が与えられ、レースで実際に使用した鞭が東京競馬場の競馬博物館に永久保存・展示される。

名称
東京優駿大競走」の名称で創設され、「東京優駿競走」、「優駿競走」、という名称を経て「東京優駿」が現在の正式な名称となっており、副称として「(日本ダービー)」が付されている[1]。

JRAが配布するレーシングプログラムや競馬新聞などでは1950年以降、「東京優駿(第~回日本ダービー)」または「東京優駿(日本ダービー)」と表記されている(日本のつかない「ダービー」と呼んでいた時期もあった)。一般の新聞では知名度の高い副称を前面に出し、「日本ダービー(東京優駿)」とも表記される。

勝馬投票券には、副称である「日本ダービー」のみが表記されている。

類似した名称の競走として、同時期に「東京ダービー」が南関東公営競馬の大井競馬場で開催されている。

創設の経緯
日露戦争で内外の軍馬の性能差を痛感した政府によって国内では産馬育成が奨励されたが、1908年(明治41年)に馬券の発売が禁止されると、馬産地は空前の大不況に見舞われた。大正中期より産馬業者から東京競馬倶楽部会長の安田伊左衛門に対し「イギリスのクラシック競走であるダービーステークスのような高額賞金の大競走を設けて馬産の奨励をしてほしい」という意見があり、予てからの自身の構想と合致すると考えた安田は[2]、馬産の衰退を食い止める手段としてイギリスのエプソム競馬場のダービーステークスを範し、

4歳(現3歳)牡馬・牝馬の最高の能力試験であること。
競走距離が2400m、又は2400mに限り無く近いこと。
(開催国で催される競馬の)最高の賞金額を設定すること。
2歳(現1歳)秋から4回の出走登録を出走資格の条件とすること。
負担重量は馬齢重量とすること。
施行時期は原則的に春季とすること。
以上1から6を満たす競走は国内において本競走のみとすること。
という7大原則のもと4歳(現3歳)牡馬・牝馬限定の定量の重賞競走東京優駿大競走として創設することを1930年(昭和5年)4月24日に発表、初回登録が同年10月に行われた(牡92頭、牝76頭、計168頭)。第1回は1932年(昭和7年)4月24日に目黒競馬場(旧・東京競馬場)の芝2400mで施行された。第1回の競走の模様は発走前の下見所の様子から本馬場入場、表彰式に至るまで、全国へラジオ中継された。

優勝馬の賞金は1万円、副賞として1500円相当の金杯のほか、付加賞13530円が与えられ、合計で2万5000円ほどとなった。従来の国内最高の賞金が連合二哩の6000円であったから、賞金の額も飛び抜けて破格であり、折からの好景気も相まって幼駒の取引価格が跳ね上がった。

また、それまで日本国内では競走馬の年齢を出走資格に定めた競走の開催は限定的[3]であり、2歳(現1歳)からの定期的な登録を要件とする本競走の創設によって、国内における競走馬の生産、育成、競走と種馬(牡牝とも)選抜のサイクルに初めて明確な指針が与えられた。

意義
中央競馬が誇る八大競走の1競走で、皐月賞・菊花賞とで中央競馬牡馬クラシック三冠競走を構成する。牡馬のクラシック三冠競走として皐月賞は「最もはやい馬が勝つ」、菊花賞は「最も強い馬が勝つ」と言われるのに対し、東京優駿は「最も幸運な馬が勝つ」という謳い文句がある。これは圧倒的な有力馬と目されていたものが、最大の目標であり世間の注目の集まる本競走において何らかのアクシデントによって勝利を逃したり、出走を断念せざるを得ない事態に見舞われる例が屡見られるのを象徴している。桜花賞・皐月賞のどちらかと近年新設されたNHKマイルカップを合わせて変則三冠競走と呼ばれることもある。

日本の競馬における本競走の位置づけは特別である。皐月賞菊花賞など他の競走はスタンド改築などにより他の競馬場で代替開催されることはあるが、東京優駿は第3回に目黒の競馬場から現在の府中東京競馬場への移転によるコース変更があっただけで他の競馬場での代替開催は一切行われたことがない。過去に東京競馬場のスタンド改修などがあった時にも時期をずらして施行されている。また、近年は東京競馬場の改修工事を東京優駿の開催は変更しない前提で日程を組んでいる。これは前述の7大原則の7の「以上1から6を満たす競走は国内において本競走のみとすること」に基づいているからである。

創設期には国内に比肩のない大競走であり、その後競走体系の整備が進むにつれて「二大競走」、「五大競走」、「八大競走」等と称されてきたが、常にその中核をなし、国内での最高賞金を誇っていた。後に、一年の活躍馬を集めて年末に行われる有馬記念や海外の活躍馬を招待して開催されるジャパンカップに賞金面では譲り、公式な格付においても専ら外国の馬[8]に対する出走制限を理由に国際統一規格に基づく格付から外れ、この格付上は国内の他の多くの競走よりも下位におかれるようになった(興行上は独自の格付であるJpnIとして名目上の最高格を維持した。2010年からは正式に国際規格に基づく最高格のGIと認定される見込みである。)。さらに近年、本競走を頂点とする従来の国内の競走体系から、様々な距離体系等の分野別のチャンピオンを選別する体系に遷移し、必ずしも全ての競走馬が本競走を目指すという状況ではない。しかしながら、しばしば、ある年の一年の競馬を端的に表す場合には有馬記念やジャパンカップの優勝馬や年度代表馬ではなく、その年の本競走の優勝馬が挙げられ[9]、日本競馬界の象徴であり最大級の目標であるという点については創設以来の価値を保っている。


東京優駿(日本ダービー)歴代優勝馬
回数 開催日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1932年4月24日 ワカタカ 牡3 2:45 2/5 函館孫作 東原玉造 乾鼎一
第2回 1933年4月23日 カブトヤマ 牡3 2:41 0/5 大久保房松 前川道平
第3回 1934年4月22日 フレーモア 牡3 2:45 2/5 大久保亀治 尾形景造 土田荘助
第4回 1935年4月29日 ガヴアナー 牡3 2:42 1/5 井川為男 布施季三 高橋錬逸
第5回 1936年4月29日 トクマサ 牡3 2:42 1/5 伊藤正四郎 尾形景造 山中清兵衛
第6回 1937年4月29日 ヒサトモ 牝3 2:33 3/5 中島時一 宮崎信太郎
第7回 1938年5月29日 スゲヌマ 牡3 2:33 2/5 中村広 千明賢治
第8回 1939年5月28日 クモハタ 牡3 2:36 1/5 阿部正太郎 田中和一郎 加藤雄策
第9回 1940年6月2日 イエリユウ 牡3 2:34 2/5 末吉清 石門虎吉 石田一
第10回 1941年5月18日 セントライト 牡3 2:40 1/5 小西喜蔵 田中和一郎 加藤雄策
第11回 1942年5月24日 ミナミホマレ 牡3 2:33 0/5 佐藤邦雄 東原玉造 池得次
第12回 1943年6月6日 クリフジ 牝3 2:31 4/5 前田長吉 尾形景造 栗林友二
第13回 1944年6月18日 カイソウ 牡3 2:39 1/5 橋本輝雄 久保田金造 有松鉄三
第14回 1947年6月8日 マツミドリ 牡3 2:35 0/5 田中康三 茂木為二郎 松末博光
第15回 1948年6月6日 ミハルオー 牡3 2:33 2/5 新屋幸吉 上村大治郎 石川了吉
第16回 1949年6月5日 タチカゼ 牡3 2:33 4/5 近藤武夫 伊藤勝吉 熊谷八郎
第17回 1950年6月11日 クモノハナ 牡3 2:44 2/5 橋本輝雄 鈴木勝太郎 北竹清剛
第18回 1951年6月3日 トキノミノル 牡3 2:31 1/5 岩下密政 田中和一郎 永田雅一
第19回 1952年5月25日 クリノハナ 牡3 2:31 4/5 八木沢勝美 尾形藤吉 栗林友二
第20回 1953年5月24日 ボストニアン 牡3 2:34 3/5 蛯名武五郎 増本勇 岡本治一
第21回 1954年5月23日 ゴールデンウエーブ 牡3 2:34 4/5 岩下密政 藤本冨良 川俣欣也
第22回 1955年5月29日 オートキツ 牡3 2:36 3/5 二本柳俊夫 大久保房松 川口鷲太郎
第23回 1956年6月3日 ハクチカラ 牡3 2:36 1/5 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第24回 1957年5月26日 ヒカルメイジ 牡3 2:31 0/5 蛯名武五郎 藤本冨良 新田松江
第25回 1958年5月25日 ダイゴホマレ 牡3 2:31 1/5 伊藤竹男 久保田金造 醍醐幸右衛門
第26回 1959年5月24日 コマツヒカリ 牡3 2:38 1/5 古山良司 大久保房松 小松重雄
第27回 1960年5月29日 コダマ 牡3 2:30.7 栗田勝 武田文吾 伊藤由五郎
第28回 1961年5月28日 ハクシヨウ 牡3 2:30.2 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第29回 1962年5月27日 フエアーウイン 牡3 2:31.2 高橋英夫 松山吉三郎 溝本儀三男
第30回 1963年5月26日 メイズイ 牡3 2:28.7 森安重勝 尾形藤吉 千明康
第31回 1964年5月31日 シンザン 牡3 2:28.8 栗田勝 武田文吾 橋元幸吉
第32回 1965年5月30日 キーストン 牡3 2:37.5 山本正司 松田由太郎 伊藤由五郎
第33回 1966年5月29日 テイトオー 牡3 2:31.1 清水久雄 増本勇 北村平三郎
第34回 1967年5月14日 アサデンコウ 牡3 2:30.9 増沢末夫 藤本冨良 手塚栄一
第35回 1968年7月7日 タニノハローモア 牡3 2:31.1 宮本悳 戸山為夫 谷水信夫
第36回 1969年5月25日 ダイシンボルガード 牡3 2:35.1 大崎昭一 柴田寛 高橋金次
第37回 1970年5月24日 タニノムーティエ 牡3 2:30.0 安田伊佐夫 島崎宏 谷水信夫
第38回 1971年6月13日 ヒカルイマイ 牡3 2:31.6 田島良保 谷八郎 鞆岡達雄
第39回 1972年7月9日 ロングエース 牡3 2:28.6 武邦彦 松田由太郎 中井長一
第40回 1973年5月27日 タケホープ 牡3 2:27.8 嶋田功 稲葉幸夫 近藤たけ
第41回 1974年5月26日 コーネルランサー 牡3 2:27.4 中島啓之 勝又忠 久保谷唯三
第42回 1975年5月25日 カブラヤオー 牡3 2:28.0 菅原泰夫 茂木為二郎 加藤よし子
第43回 1976年5月30日 クライムカイザー 牡3 2:27.6 加賀武見 佐藤嘉秋 (有)三登
第44回 1977年5月29日 ラッキールーラ 牡3 2:28.7 伊藤正徳 尾形藤吉 吉原貞敏
第45回 1978年5月28日 サクラショウリ 牡3 2:27.8 小島太 久保田彦之 (株)さくらコマース
第46回 1979年5月27日 カツラノハイセイコ 牡3 2:27.3 松本善登 庄野穂積 桂土地(株)
第47回 1980年5月25日 オペックホース 牡3 2:27.8 郷原洋行 佐藤勇 ホース産業(株)
第48回 1981年5月31日 カツトップエース 牡3 2:28.5 大崎昭一 菊池一雄 勝本正男
第49回 1982年5月30日 バンブーアトラス 牡3 2:26.5 岩元市三 布施正 竹田辰一
第50回 1983年5月29日 ミスターシービー 牡3 2:29.5 吉永正人 松山康久 千明牧場
第51回 1984年5月27日 シンボリルドルフ 牡3 2:29.3 岡部幸雄 野平祐二 シンボリ牧場
第52回 1985年5月26日 シリウスシンボリ 牡3 2:31.0 加藤和宏 二本柳俊夫 和田共弘
第53回 1986年5月25日 ダイナガリバー 牡3 2:28.9 増沢末夫 松山吉三郎 (有)社台レースホース
第54回 1987年5月31日 メリーナイス 牡3 2:27.8 根本康広 橋本輝雄 浦房子
第55回 1988年5月29日 サクラチヨノオー 牡3 2:26.3 小島太 境勝太郎 (株)さくらコマース
第56回 1989年5月28日 ウィナーズサークル 牡3 2:28.8 郷原洋行 松山康久 栗山博
第57回 1990年5月27日 アイネスフウジン 牡3 2:25.3 中野栄治 加藤修甫 小林正明
第58回 1991年5月26日 トウカイテイオー 牡3 2:25.9 安田隆行 松元省一 内村正則
第59回 1992年5月31日 ミホノブルボン 牡3 2:27.8 小島貞博 戸山為夫 (株)ミホノインターナショナル
第60回 1993年5月30日 ウイニングチケット 牡3 2:25.5 柴田政人 伊藤雄二 太田美實
第61回 1994年5月29日 ナリタブライアン 牡3 2:25.7 南井克巳 大久保正陽 山路秀則
第62回 1995年5月28日 タヤスツヨシ 牡3 2:27.3 小島貞博 鶴留明雄 横瀬寛一
第63回 1996年6月2日 フサイチコンコルド 牡3 2:26.1 藤田伸二 小林稔 関口房朗
第64回 1997年6月1日 サニーブライアン 牡3 2:25.9 大西直宏 中尾銑治 宮崎守保
第65回 1998年6月7日 スペシャルウィーク 牡3 2:25.8 武豊 白井寿昭 臼田浩義
第66回 1999年6月6日 アドマイヤベガ 牡3 2:25.3 武豊 橋田満 近藤利一
第67回 2000年5月28日 アグネスフライト 牡3 2:26.2 河内洋 長浜博之 渡辺孝男
第68回 2001年5月27日 ジャングルポケット 牡3 2:27.0 角田晃一 渡辺栄 齊藤四方司
第69回 2002年5月26日 タニノギムレット 牡3 2:26.2 武豊 松田国英 谷水雄三
第70回 2003年6月1日 ネオユニヴァース 牡3 2:28.5 M.デムーロ 瀬戸口勉 (有)社台レースホース
第71回 2004年5月30日 キングカメハメハ 牡3 2:23.3 安藤勝己 松田国英 金子真人
第72回 2005年5月29日 ディープインパクト 牡3 2:23.3 武豊 池江泰郎 金子真人
第73回 2006年5月28日 メイショウサムソン 牡3 2:27.9 石橋守 瀬戸口勉 松本好雄
第74回 2007年5月27日 ウオッカ 牝3 2:24.5 四位洋文 角居勝彦 谷水雄三
第75回 2008年6月1日 ディープスカイ 牡3 2:26.7 四位洋文 昆貢 深見敏男
第76回 2009年5月31日 ロジユニヴァース 牡3 2:33.7 横山典弘 萩原清 久米田正明

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