一度は極めた競馬予想。大きな挫折を味わい今ここに羽ばたく馬のごとく、ブログデビュー。予想師さんの検証が1番です。
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東京競馬場

歴史

東京競馬倶楽部時代の東京競馬場
1940年の東京競馬場1907年(明治40年)に、現在の東京都目黒区(目黒通り南側、山手通りの西側、バス停「元競馬場」付近)に目黒競馬場が開設されたが、その後目黒競馬場で周辺の宅地開発が進み、地代が高騰したことで移転を余儀なくされ、府中に東京競馬場を、1933年(昭和8年)11月8日に開設した。10日後の11月18日に東京競馬場での初めての開催を行い、目黒競馬場は完全閉場となった(目黒記念は目黒競馬場にちなんでいる)。

1940年に開催される予定であった東京オリンピックでは馬事公苑や中山競馬場とともに馬術競技で使用されることとなっていたが、日中戦争の影響で中止となった。

昭和の終わりから平成の始めにかけて、武豊やオグリキャップなどの人気による空前の競馬ブームが起こり、1990年5月27日の第57回東京優駿(日本ダービー)当日には史上最高の入場者196,517名を集めた。

1968年(昭和43年)にスタンド改築を行い、その後もスタンドの増築を繰り返してきたが、老朽化してきていた。そこで、2000年(平成12年)に東京競馬場スタンド改築等施設整備計画を発表し、3期に分けての改築を行うこととなった。2002年6月(平成14年)の第4回東京競馬終了後、馬場改修工事と1期スタンド工事に本格的に着手、その年の秋競馬は中山競馬場や新潟競馬場で代替開催された。

1期スタンドはその年の10月に完成し、翌11月からパークウインズとして利用開始。その後馬場改修工事も終わり、2003年(平成15年)4月26日にリニューアルオープンした。以前のコースとの主な変更点は次の通りである。

ゴール板が移動し、ホームストレッチ(最後の直線)の長さが芝コースでは、従来の500.4メートルから525.9メートルに延長された。
内枠の馬に対して危険・外枠の馬の不利が指摘されていた、芝2000メートルのスタート直後のカーブが、ゆるやかになった。これは、天皇賞でのメジロマックイーンの降着も関連しているといわれている。
各コーナーが以前よりも緩やかなカーブに変更された。
芝3400メートル、ダート1300メートル、2400メートルのコースを新設し、芝2200メートル、3200メートル、ダート1700メートル、2300メートルのコースを廃止した。
移動柵の名称をA1,A2,B,C→A,B,C,D,Eに変更した(ただし、Eコースは現在のところ使用されていない)。
障害コースのうち襷コースを廃止して、内馬場に勝馬投票券発売所を増設した(1998年秋から)。

ホースプレビューから見える地下馬道と検量室(2009年1月31日撮影)2005年4月に完成したスタンド改修工事・第2期分では、パドックとレーストラックをつなぐ地下馬道が1階座席からガラス越しに見ることができるようになった(ホースプレビュー)。

2007年4月にスタンド改修工事・第3期分が終了。新スタンドが全面完成となった。新スタンドは公募により決定し、富士山を眺望できるスタンドであることから「フジビュースタンド」と命名された。また、このフジビュースタンド完成を記念し、2007年の2回・3回の東京競馬では東京競馬場グランドオープンと銘打って、引退騎手によるエキシビションレース「ジョッキーマスターズ」をはじめ、さまざまなイベントが行われた。

2008年2月3日・2月10日と2週連続で日曜日の開催が降雪の影響で中止され、それぞれ2月4日・2月11日に代替開催された。中央競馬における同一競馬場での2週連続開催中止はこちらも降雪のため中止された1987年12月の中山2日目、4日目以来21年ぶり。


東京競馬場コース概要
芝コース:1周2083.1m、直線525.9m、フルゲート18頭(いずれもAコース使用時、冬期は16頭となる)
距離設定:1400m、1600m、1800m、2000m、2300m、2400m、2500m、2600m、3400m(2600mは施行実績なし)
ダートコース:1周1899m、直線500.1m、フルゲート16頭(1200mは12頭)
距離設定:1200m、1300m、1400m、1600m、2100m、2400m(1200mは2003年の馬場改修以降は行われていない)
東京競馬場の特徴として、ゴール手前の長い直線と、緩いカーブ、左回りなどが挙げられる。比較的直線が短く小回りの競馬場が多い中では独自の特徴をもっている。ゆえに、東京競馬場にのみ相性がいい馬も多く、トニービン産駒などがその典型とされている(トニービン産駒はコーナーワークが下手で、加速が遅いが長くいい脚を使えるといわれている)。そのほか、直線手前で馬群が大きく広がりやすいのもこの競馬場の特徴である。

かつて芝には1000m・1100m・1200m、ダートには1000m・1100mの距離が右回りで設定されていた。このうち芝1200mの競走については1984年まで施行された。


障害コース
1周1674m、フルゲート14頭
距離設定:直線ダートコース 3000m、3100m、3285m、3300m  直線芝コース 3300m
障害コースは現在は単純な周回コースだけであるが、1998年までは1周内に障害が9個。3コーナーから1コーナーにかけて襷コースが配置されており、年2回の東京障害特別の際に使用されていた。東京障害特別は1.2コーナー中間からスタートし、正面の4連続障害を逆回りで飛越し襷へ入り順周りとなる直線芝コース3300mであった。襷コースには通常より難易度の高い大土塁障害(10号障害 高さ155cm・幅260cm 通称「けやき」)、大竹柵障害(11号障害 高さ150cm・幅150cm)、土塁障害(12号障害 高さ150cm・幅250cm)の3連続障害があり名物であった。さらに戦前の竣工時には、襷コースがX字状にクロスした形で存在し、さらに3コーナーから4コーナーにかけては、馬場の内側にもう1つ、S字状にカーブしたコースが存在していた。

1998年秋、馬場改修に伴い襷コースが廃止、1周の障害数が8個に削減、3号障害であった水壕が1号障害に配置転換された。直線芝コースのレースの際は可動式の竹柵障害が直線芝コースに設置される。正面スタンド前の障害は、レースのクラスにより高さを変更できる組立ユニット式が採用されている。東京ジャンプステークスの際は3号障害の竹柵と4号障害の生垣が高さ150cm・幅200cm(竹柵は150cm)に変更。東京ハイジャンプの際はさらに2号障害のグリーンウォールを撤去し、高さ150cm・幅200cmの大生垣障害が設置される。

1985年の改修までは障害コース4コーナーから2コーナーの内側に埒がなく、小さな植え込みだけで区切られていた。中山の障害コースと比べ、バンケットがない上に障害も小さいうえ、直線ダートコースの場合は最終8号障害(3コーナー大欅の裏側に配置)からゴール板までの距離が長いので平地力のある馬が圧倒的に有利とされる。

2009年5月23日の第4競走(サラブレッド系障害3歳以上)において、本来発馬機がダートコースのゴール地点になる場所に設置するところを係員が誤って芝コースのところに設置し、実際には15m短い3285mのコースで行われた。払戻しが確定した後係員が気づき発覚したため競走成績および払戻しはそのまま行われたものの、初めてのコースで行われたため勝ちタイム(当初3300mのコースレコードと発表された)がそのまま基準タイムとして残されることになった。今後この距離が使用されるかは不明。

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